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大阪高等裁判所 昭和30年(う)1083号 判決 1956年4月12日

控訴人 被告人 川合源一 外一名

弁護人 一ノ宮直次 大橋正己

検察官 志賀親雄

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人等の平分負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、本判決書末尾添付の、被告人川合源一の弁護人一ノ宮直次、被告人大橋勝の弁護人大橋正己各作成の控訴趣意書記載のとおりである。

弁護人一宮直次の控訴趣意第一点及び弁護人大橋正己の控訴趣意中事実誤認を主張する点について、

弁護人一ノ宮直次の主張は、本件の大阪窯業セメント伊吹工場と国鉄東海道線近江長岡駅との間約三・七キロメートルに敷設している同会社専用側線の運転については、国鉄の構内運転方式によるべきか車両の入換方式によるべきか明らかでないが、右車両入換方式によるときは貫通制動機能は停止していても差支えないことになつているので、これでは千分の二十ないし二十五の急勾配の本側線で運転の安全を期し得ないところから、前記会社の輸送係長中村松次郎は、「大体入換方式によるのだが、貫通制動だけは実施する、しかし、本線運転の場合のような厳格な制動試験を行わせる必要もなく、また、施設装置からいつてもできないので、一旦空気が貫通し、その事実を確認したらそれ以上緊締緩解等の試験をしなくてもよい」との指示をなし本件事故発生までこの変則方式によつて運転してきたのであつて、被告人川合は、連結掛が機関車を連結し、エヤーホース(制動管)をつなぐや、いわゆる圧縮空気の「込め」を実施し、その際機関車内に装置してある空気圧力計によつて貫通を確認しかつ操車掛代務の相被告人大橋勝から貫通の連絡を受け(被告人大橋は列車の中程の位置に立つていてシユーという空気の通る音を聞いたと述べている)たので、制動試験を実施しないで列車を運転発車しても被告人川合には過失の責任はない、本件の事故は、一旦空気が貫通した後において客車の「ヒジコツク」が閉鎖されたか、前車両の脱線顛覆とともにエヤーホースが切断し後部全車両に空気制動がかかりよつて急停車したものと推察される、というのであり、弁護人大橋正己の主張は、本件専用側線は、大阪窯業セメント株式会社伊吹工場が近江長岡駅の構内の一部として線路を建設しこれを国鉄に提供して会社自らの手で運転しているのであつて、私設鉄道や専用鉄道のように厳重な監督法規もなく国鉄の運転規定そのままが適用されるのであつて、右国鉄の運転規定及び監督官庁の指示項目以外は、会社において自ら運転規定を設けて差支えないところであるが、原判決が援用する「国鉄の職別運転取扱心得から抜萃された同工場の列車運転取扱規定」(証第八号)なるものは本件事故発生当時はまだ草案程度であつて制定に至らなかつたにかかわらず、原判決がこれを遡及適用して被告人の業務上注意義務認定の根拠としたのは、採証の法則、法令の適用を誤つたものである。本件専用側線の運転方式は、構内運転方式によるべきであるが、日本国有鉄道運輸総局制定の運転取扱心得の第七十一条と第七十二条とを対比すれば、構内運転において貫通制動機を使用することは強制されているけれども、列車が停車場外の本線に乗り出して行く場合のほかは制動試験の実施を強制されていないことが明らかであり、かつ、機関士は制動用の空気の「込め」を行う際制動用空気が貫通したかしないかはゲージ(圧力計)を見れば判るし、連結掛が「ヒジコツク」を開披し操車掛及び連結掛が後部まで制動空気が貫通したか否かを確認すれば、制動試験を省略しても何ら運転上の危険はないのみならず本件側線のダイヤは本線との接続関係から定時運転を強要されているので積込作業との関係で時間的余裕のない場合が多く、従つて被告人等の上司である中村輸送係長及び林構内主務から制動試験を行う必要がないと指示されているのである、そして「ヒジコツク」の開披は連結掛のみの本務であつて、構内掛(操車掛)は連結掛とともに開披の確認義務を負うているに過ぎないところ、被告人大橋は制動空気が音を立てて後方に貫通したことを確認したと主張しているがこれを結果からみれば客軍一両に貫通しただけで後方貨車に及んでいなかつたのであるから、後方貨車への貫通確認を怠つたか否かに同被告人の過失責任の存否がかかるのである、しかし国鉄においては下級職を代務することはあり得ないところであつて、会社内においては左様に厳格ではなくても、代務とは有資格者で勤務表にあらかじめ予定し指示されている者にのみ言い得るのであるから、被告人大橋は右の代務に該当せず臨時に命ぜられた助手に過ぎないから貫通確認の義務もない、従つて同被告人には業務上過失の責任がない、というのである。

よつて案ずるに、原判決の挙示する証拠及び当審証人平松博好の尋問調書、当審における検証調書の各記載を綜合すれば、被告人川合源一は、もと日本国有鉄道の機関士で、原判示の大阪窯業セメント株式会社伊吹工場に雇われ、倉庫課輸送係として、同工場と国鉄東海道線近江長岡駅との間約三、七キロメートルに敷設してある専用側線の列車機関士をしており被告人大橋勝は、もと国鉄の連結手で右同様同会社倉庫課運輸係所属の連結掛であるところ、同側線の運転方式は、国鉄運輸総局制定の「運転取扱心得」に準ずるべきものであり、また上司からもその趣旨の命令を受けていたが、原判示の昭和二十七年十一月九日は、同会社倉庫課輸送係所属の構内掛(国鉄の操車掛に当る)林敏一が早退したため、輸送係長中村松次郎(本件の事故により死亡)から、被告人大橋が構内掛代務を命ぜられ、同輸送係所属機関車技工たる原審相被告人田辺為次郎が連結掛(国鉄の連結手に当る)代務を命ぜられ、同日午後四時十分頃、前記工場の構内において、三名協力して同日午後五時十五分発近江長岡駅行列車の組成に着手し、客車一両(前記会社所有)、貨車十一両(一貨車にセメント約十五屯積込)及び空貨車三両(以上の貨車は全部国鉄所有)計十五両を右記載の順序に連結し、その客車の前にタンク機関車(同会社所有)を連結して列車を組成したこと、前記専用側線の大部分は、工場から近江長岡駅に向け、千分の二十ないし二十五の下り勾配になつているから、列車の進行につれて自然的に加速度を生ずる地形であり、かつ同駅までの間に国道と県道の踏切ほか数ケ所の小踏切があること、及び本側線の列車には貫通制動機を使用するよう監督官庁から指示されていたことを認め得られる。

元来、列車を運転するには機関車の制動機だけでは足りないから、貫通制動機(列車を組成した車両の全部に制動管を貫通させて機関士の操作により一斎に制動を行うことのできる装置)を使用することになつているが、その貫通制動機に故障があるときは、運転上極めて危険であるから、列車の発車前に貫通制動機の機能を確認するため制動試験を行わなければならないのであつて、まして本件のように、約三・七キロメートルの下り勾配であり、かつ数ケ所の踏切を通過するような線路を運転するとき、若し貫通制動機に故障があるときは、全区間を一挙に暴走し重大な事故発生の原因となるおそれのあることは、容易に予想し得るところであるから、列車を組成したとき、機関士及び操車掛は、上司の指示や、会社の運転内規の有無、または運転方式の種別のいかんにかかわらず、列車の発車前に貫通制動機の制動試験を行つてその機能を確認しなければならないことは、むしろ多言を要しないところである。日本国有鉄道運輸総局制定の「職別運転取扱心得、機関士編、操車掛編」(前記運転取扱心得を職別に編さんしたもので、被告人等が中村松次郎から交付されたもの)によれば、列車を組成したとき、操車掛は車両間の制動管が連結されたうえ「ヒジコツク」が開かれていることを確認し、機関士は直ちに制動管の圧力が五キログラムに達するまで圧縮空気の「込め」を行い、操車掛は「制動機を緊締せよ」との合図を行い、機関士は制動管の減圧を行つて制動機を緊締し同時に制動管の漏えい状態を確め、操車掛は最後部の車両の制動機が緊締されたことを確めてから、「制動機を緩解せよ」との合図を行い、機関士は制動機を緩解し、操車掛は最後部車両の制動機が緩解されたことを確めて機関士に「制動試験終了」の合図を行い、機関士の短急気笛一声の応答によつて制動試験を終了する方式によつて、制動試験を行わねばならないことになつているから、被告人等はこれに準じて制動試験を実施するべき業務上の注意義務があるといわなければならない。所論の「大阪窯業セメント滋賀工場専用側線運転内規」は、前記の証拠によると、同会社倉庫課長町田早苗の命により林敏一が前記国鉄の「運転取扱心得」中から必要な個条を抜萃して起案したものであつて、その趣旨は各列車関係従業員に示達せられていたが、まだ印刷配布せられていなかつたものと認められる。しかし、かような内規の効力の有無を論議するまでもなく、本件において被告人等が機関士として、また、構内掛として、列車の発車前に制動試験を実施するべき義務を負うているといわなければならない。また、被告人川合は圧縮空気の「込め」を行う際制動管のゲージ(圧力計)によつて空気の貫通を確認したから制動試験実施の必要がないという所論は、制動管が閉塞しているときは貫通しているときに比して「込め」に要する時間が短いだけで圧力計の指針の停止位置は同一であることが当審における検証の結果明らかであるから、制動管の圧力計が所定の五キログラムを指したとしても空気が貫通しているかどうか判明しない道理である(むしろ、圧力計の指針の動きを注視しておれば、車両数と制動管、制動筒、補助空気溜に残留している圧縮空気の多寡とを比較し不貫通の事実を発見し得るのであるから、同被告人は圧力計を注視していなかつたものと思われる)。被告人大橋は列車の中程の地点で制動管を通過する圧縮空気の音を聞いてその貫通を確認したから制動試験を行う必要がないとの所論も、その点に関する同被告人の供述は信用できないものであるのみならず、かような方法は貫通確認方法として不適当であるから、仮りに空気の通過音を聞いたとしても、それによつて制動試験実施の義務を免れるものではない。

前記の証拠によると、連結掛代務たる原審相被告人田辺為次郎は、前記客車に直結する貨車以下の各車両間の制動管を連結し、それらに附属している「ヒジコツク」を開披したが、前記客車とこれに連結する貨車との間の制動管附属の「ヒジコツク」一個は、被告人大橋勝が開披したものと軽信してこれを開披することを怠り、被告人大橋は、前示業務上の注意義務を怠つて制動試験を実施せず、被告人川合源一も同様、単に圧縮空気を込めただけで、それが連結された制動管全部に貫通したものと軽信して制動試験を実施しなかつたため、前記客車と貨車との間の「ヒジコツク」一個が閉塞せられ、従つて制動用圧縮空気の流通が阻止せられて貫通制動機能が作用しなくなつたのであるが、被告人等はこれに気付かないで列車の組成を終了したものとして列車に乗り組み、右の客車に同工場の工員を乗せ、前記中村松次郎の合図によつて定時に同工場を発車し、工場から約二百メートルを隔てた地点において、被告人川合が下り勾配による自然加速度を調節しようとして制動措置をとつたところ、貫通制動機が全く効かないことを発見し、機関車用の制動機による非常制動操作をしたが効果がなく、下り勾配による加速度のため列車が暴走し、同日午後五時二十五分頃、時速約三十五キロで近江長岡駅構内に突進し、車止を突破して、機関車、客車各一両及び貨車五両を、右車止を越えた線路下に脱線顛覆させて破壊し、右各車両の顛覆破壊による衝撃圧迫等のため、あるいは右列車の暴走中避難しようとして車外に飛び降りたため、乗車していた前記工場の従業員等九名を死亡させ、八名に対して重軽傷を負わせたことを認め得られる。被告人大橋は当日係長中村松次郎から構内掛代務を命ぜられたものであるが、代務たる以上本務者と同様の注意義務を負うことは当然であるのみならず、同被告人の検察官に対する供述調書及び押収にかかる証第七号の「従業員勤欠表」の各記載によつても、列車係従業員の数が少いため互に交替して職務を代行していることを認め得られるから、同被告人が当時構内掛としての業務に従事し、従つてそれに基く責任を負わなければならないことは明白である。また、空気貫通後において何者かが制動管を閉塞したのではないかという所論は単なる憶説であつて何らの根拠がない。原判決が被告人等に対して業務上過失致死傷罪に問擬したのは正当であつて、記録を精査しても原判決に事実誤認その他所論のような違法はないから、論旨は理由がない。

弁護人一ノ宮直次の控訴趣意第二点及び弁護人大橋正己の控訴趣意中量刑不当を主張する点について、

本件記録及び原裁判所において取り調べた証拠を精査し、本件犯行の動機、態様、被害の甚大であること、その他諸般の事情を考慮すると、原審の量刑は不当に重いとは言えない。(原審が田辺為次郎に対して刑の執行を猶予したのは、同人が本来機関車技工であつて操車に関係がないことを参酌したものと想像される)。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条、第百八十一条第一項本文により主文のとおり判決する。

(裁判長判事 松本圭三 判事 山崎薫 判事 辻彦一)

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